告解の虚偽方便5

 迷っていた。海老との情報交換で内なる真実を暴き出された僕は、その温かさに包まれ、しかし、あまりに眩い真実の光に、処方箋のことをすっかり忘れてしまっていた。

 迷路の如き檻に立てば、目の前には網目が織る網目、分岐が作る分岐。進むか退くか、右往左往迷えば、前後も不覚、もはや残された分岐は、内か外かのみだった。処方の効果が切れた僕は真っ直ぐと内を目指し、鏡の前に立つ。真っ暗な世界を分け入って分け入って辿り着いた先で、違和感に手を伸ばして指が触れたのは、潔白の異端者。

 物言わぬ異端者は異端であることが雄弁であり、除けられるのを待つように、誰より堂々と居る。僕が引っ込めた手を思わず自分の頬にやると、異端者は
「お前は私だ」
 と言った。次の瞬間、後ろにぽっかりと穴が空き、吸い込まれるように強烈な突風が吹く。体がグイグイと引き寄せられていく。
「あなたが多数派である世界へ、そこの異端者が普通である世界へ」
 この声は、後ろから、穴から聞こえてくる。よく意味がわからないが、潔白が普通ならそれは素晴らしいことだろう。潔白の異端者はまた沈黙している。こいつはさっき僕に、自分と同じだと言った。なら僕も異端なのだろうか。その僕が多数派に戻れるなら、戻ったほうが?
 そう思った瞬間、目の前の世界は反転し、異端者によって取り囲まれた暗黒が僕を見ているかのように見えた。すぐ我に返ると僕は穴の間際まで来ており、遠くに異端者が立っている。かろうじて穴から離れてそちらへ戻ろうとする僕に、
「なぜ行かない」
 と異端者は問う。一歩も動かないままに。
「白は白でありさえすればいい。黒は黒ならそれでいい。理由はあなたと同じだ、僕はあなただ」
 なんとか歩を進めながら、僕はそう叫んだ。すると風は徐々にやみ、穴は閉じ、同時に壁は開き、異端者も暗黒も視界からいなくなり、気づけば僕は、ノートを持って鏡の前に立っていた。

 迷路を抜け出してみれば、あの時選ぶべきは内ではなく外であった。偶然の出会いに助けられなければ、無数に枝分かれする迷路を未だ彷徨っていたことだろう。そんな思いから潔白の異端者に心の中で礼を言い、僕は髪をかきあげながら、鏡の前を去った。